69.粟生/KB2
 粟生のKB2の到着印であるが、これまでに知られていたなかったものである。明治20年5月16日までKG印の使用が確認されている。そのため、これまではKB2印はなかったのではないか?と考えれていた。
 ここで問題はKG印からKB2印に変わった時期である。この使用例は、中に入っている手紙から使用時期がわかった。明治21年6月18日に山田を発信、21年6月19日い便で粟生に到着している。明治21年6月の使用例ということから、一つの可能性がある。それは、明治21年4〜5月以降に変わった局(一志郡の八知、田尻等)がいくつか知られている。従ってその段階で粟生も変わったことが十分に考えられる。
 この使用例はもう一つ興味深いところがある。それは封筒が山田郵便局の公用封筒である。中に入っていた手紙を読むと、地名は右に、名前はその左と、宛名書きの注意をしている内容である。そして山田郵便局の公印もおされている。この公印も私の収集対象で、いつくつかあるタイプを調べると大石の公印のほぼ同じ作りである。


次に行く(back page)

一つ前に戻る(back page)