36.一身田/記番印/KG
一身田の記番印+KG印の使用例である。一身田の不統一印との組み合わせは確認されていないが、上野局で確認されている以上、一身田でも不統一印+KG印の組み合わせは考えられる。一身田の明治7年9月1日の不統一印の使用例はもっているが、一身田のKG印は使われていたいので、明治7年9月1日の時点では、一身田にはKG印は配備されていなかったと考えられる。ただ、上野局に明治7年9月26日の使用例があるので、9月半ばぐらいにKG印が配備されたとしてもおかしくはない。今後の発見に期待したい。
さて、記番印+KG印であるが、この使用例は明治8年4月13日の使用例である。KG印の消印の色は黒であるが、この時点では黒である。このあと朱になるのだが、黒がいつまで使われたかはまだはっきりしていないが、かなり短い期間であろう。
この使用例は明治8年4月13日一身田で引受後、津を4月14日を中継、西京に4月16日についている。
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