伊勢の国の消印 不統一印-22-
検(不統一印)+東京(不統一印)癸酉年二月廿二日→四日市駅郵便役所(不統一印:c)二月廿八日→神戸(不統一:d)
まず癸酉年とは明治6年のことである。2月22日に東京から差し出され、四日市を2月28日に中継、神戸(かんべ)到着はいつか解らないが、2月28日か翌日であろう。明治6年2月といえば、まだ郵便料金は距離制時代であり、和桜2銭×2枚貼の4銭分の切手が貼ってあるが、これは100里以上200里以内の距離の料金に相当する。1里は約3.92kmで、392km以上784km以内の距離である。東京神戸間は約450kmであるので、4銭となる。
この使用例の神戸の到着印も先ほどの使用例(-21-)と同じであるが、四日市の中継印の朱の四日市郵便役所印は縦3列のタイプである。四日市郵便役所印のほとんどは縦2列のタイプであるが、これは少ない縦3列のタイプ。おそらくは明治6年7月ぐらいまではこの3列タイプだったのだろう。それ以降は2列のタイプとなり、郵便物の増大とともに縦2列の朱の四日市郵便役所印が多く残されている。
ということで、この使用例も困ったことに、四日市に整理すべきか?神戸として整理するべきか?迷っている。
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